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チャン・オータのご紹介

現在、THE天国畑JAPONのドラマー。 その他様々なバンド、アーティストのサポートドラマーとしても活動。

1991年
X(X JAPAN)をTVで観て以来ドラム(YOSHIKI)とヴォーカル(TOSHI)にくぎ付け。
ちょうどその頃母親がスネアドラムを一日だけ自宅に持ち帰る。
そこで”ちょっと”叩いてみたら「ドラムってでら面白ぇ」と思うようになる。

1992年
小学4年生になると同時にドラムを始める。
1994年

その後小学6年生の頃に聴いたDEEP PURPLEのIan PaiceとLED ZEPPELINのJohn Bonham、あと初めて日本武道館にBilly Joelを見に行った時のドラマーLiberty Devittoに衝撃を受ける。(そこで「ワンバスプロドラマーに俺はなる」と言ったかどうかは定かではないが、現在もワンバス派。)
それ以降他の様々な60~70年代のレジェンドドラマー達に変わらぬ憧れを抱く反面、現在では新旧どんな時代のどんな音楽もカジってみる雑食ドラマー。
「音楽のジャンル、よくわかんねえ。美味いか不味いかでいいんじゃんねえ」
をモットーに、日本全国及び台湾、中国、香港、韓国などのアジア諸国のライブハウス、クラブ、ホール、野外フェス、カフェ、バーなどにて精力的に活動中。
加えてドラム講師として、小学1年生~70代の大先輩方の幅広い年齢層の生徒へドラムの楽しさを伝えている。

一方、アコースティックギター一本・漢一匹スタイルで、黒グラサンをつけたり外したりしてモノマネしながら歌う、ものまねミュージシャン。
幼少の頃より誰かの…または何かのモノマネをしていて、学校でもモノマネのおかげで人気者…とまではいかないが、好きな人には好かれる。
ある日武蔵境STATTOの店長(当時)まんぶさんより、「オータちゃんギター弾けるよね?歌えるよね?」と言われ、それまでドラマーとしてしか立って(座って)いなかったSTATTOのステージにて初ギター弾き語りを経験。
ただ、その時にモノマネ無しで人の曲を歌うことに照れくささを覚え、半分ふざけてモノマネで唄うコーナーを設ける。
ある日、声を嗄らしたまま弾き語りをする羽目になり、半ばやけくそで全編長渕剛のモノマネで激唄。意外にウケる。
その時、当時のバンドメンバーの大賀(SCARECROW)から、「長渕剛だけじゃなくて、いろんな人のモノマネができるんだから、それでやった方がいいよ」とアドバイスを受け、全編モノマネにすることになり、現在の弾き語りモノマネスタイルになる。

「モノマネは笑いがなければしょうがないじゃんねえ」
をモットーに、これまた国内外ライブハウス、クラブ、カフェ、野外フェス、ディナーショー会場や結婚式披露宴会場などのイベント会場、新宿そっくり館キサラなどのモノマネショーレストランにて精力的に活動中。
※レパートリー : ToshI(X JAPAN)・井上陽水・美輪明宏などの"著名人"のマネ/日本人・中国人・韓国人・フランス人・イタリア人の"誰か"のマネ)

そうそう、日本全国野外フェスなどでは、司会としてもたまに活動。 モノマネをまじえながら司会をするが、実際は周りの優しさに助けられていることが多く、純粋なる司会者としての能力にはいささか疑問が残る。

とにかくその活動は多岐にわたる。
多岐にわたるが故にたまに 「チャンは何になりたいの?」 と聞かれている。